なぜか相性のいい県

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便宜上、3つのグループに分けて考えよう。

A.相性のいい県  B.相性の悪い県 C.どっちでもない県

読者は先刻ご承知だと思うが、治五郎は「みんな違って、みんないい」主義なので嫌いな食べ物はないし、嫌いな都道府県もない。どの県にも探せば必ずいいところがある。(だったら何もグループ分けなんかしなくていいだろう!)(はい)

「相性」というのは「その県へ仕事で行くと、なぜか万事が順調に進む」という意味合いだ。晴れてほしければ晴れる。雨が降った方がよければ雨が降る。電話で取材アポを取った人に会えば、初対面なのにウマが合う。行くたんびに、その調子。

長崎へ初めて行った時は、前川清の歌から書き出そうと「雨」を望んでいたのだが、寒い季節のことで珍しく雪が降った。それで冒頭を「長崎は今日は雪だった」にしたのだが、この時の取材は何もかも調子に乗れた。会う人がことごとく中身の濃い人で、食べ慣れなかったチャンポンや皿うどん=写真=の味にも目覚めた。

過去に1年以上住んだことのある土地(青森、宮城、千葉、神奈川、群馬、埼玉、東京)は除くとしよう。すると「A」にランクインするのは、だいぶ限られてくる。

長崎を①とすれば、②沖縄  ③北海道 ④新潟 ⑤鹿児島・・・あまり共通点はないが、これらは10回以上、行った。(①よりも実は「岡山」が上位に来る)

縁が薄くて4回以上行ってない県は宮崎、富山、鳥取ぐらいだろうか。しかし、どの県に対してもそれぞれ他とは違う思い入れがある。

それを治五郎が語りだせば、幾晩かかることだろう。徐々に明かしていこうと思う。(そう迷惑そうな顔をしないで下さい)

去年書いたことを忘れ、40年前に読んだものを思い出す

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年を取ると、タイトルのような現象が頻繁に起きるものだ。当ブログを始めたのは去年の夏だが、その頃に書いたことを詳細には覚えていないので、ときどき読み返さなければ全く同じことをまた書く恐れがある。(幸い、それはまだない)

自分のブログを読み直して面白いかとお尋ねですか? 自分で言っちゃあオシマイだが(誰も言わないので)これが結構、面白いんだよ。役に立つかと言えば全く何の役にも立たない内容だが、役に立つような文章は概して退屈なものだ。惜しむらくは、面白がってくれそうな人が大体「ブログって何だ?」という世代に属していること。

一方では、ワシが学生時代に読んで以後はすっかり忘れていた本をたまたま見つけて読みだすと、止まらなくなるというケースがある。いま読み直しているのは高見順(1907~1965)=写真左=の小説「如何なる星の下に」だ。

戦時中の浅草を舞台に、夢やぶれ落ちぶれて人生の裏街道を行く人々の哀歓を描いているが、〝饒舌体〟と呼ばれた文体に強烈な印象がある。( )やーーを駆使して「話すように書く」文章のお手本とでも言おうか。

では、写真右の女性は誰かというと、タレントの高見恭子(59)。元プロレスラーの国会議員で文科大臣も務めた馳浩(はせ・ひろし)の現夫人である。高見順の娘にしては父と年齢が離れすぎているように感じるだろうが、作家が50を過ぎてから愛人との間に生まれた子なので、ご心配なく。(誰が何を心配するんだ)

文壇にかなりの影響力を持った高見順だが最近、名前があまり聞かれなくなったのは寂しい。治五郎は22歳の時、彼の「昭和文学盛衰記」を卒論のネタに活用させてもらった恩義があるが、今ではなかなか手に入らないので図書館に予約を入れたところだ。

 

自動販売機とネコババ

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よく知られているように、落語の三遊亭小遊三師匠(71)=写真=の趣味は自動販売機の下に落ちている小銭の収集である。賽銭箱の中身や駅前の放置自転車なども、よく狙われる。

というのは冗談で、これは本人が作り出したキャラクターに過ぎない。治五郎も今宵、師匠の芸について一席ぶちたいわけではなく、まあ、話の枕である。

ネコババは猫糞と書くようだ。

【猫糞】拾った物などを、そのまま自分の物にして、知らん顔をすること。「-をきめこむ」

自販機の釣銭を受け取ったら何十円か多すぎるということが、たまにある。名探偵ジゴローの推理によると、たとえば「ポッカのコーヒー」を120円で買い慣れた人が、たまたま100円で売っている自販機に遭遇すると、120円を投入して余計だった20円の釣を取り忘れるから、こういう事態が生じる。

次の人(ワシ)が100円のポッカコーヒーを100円で買う。商品は手に入った。ところが、この人(ワシ)は釣の有無を確認する性癖がある。「あれ? 20円あるな」

君 笑ひ給ふことなかれ。(ラッキー♡)と自分の財布に入れる貧しい庶民の、ささやかなささやかなネコババ咎めだてする資格が一体、誰にあるというのか!

ところが先夜、マンション横に設置してある自販機の前に千円札が落ちていた。シワひとつない新札だ。昔で言えばテレビの「どっきりカメラ」、今で言う「モニタリング」(TBS)が仕掛けたワナではないかと一瞬、疑った。

思えば、自販機の故障で100円、200円の損をした経験が過去に何度もある。苦情を言う連絡先は機械に明記してあるものの、普通は(面倒だから)泣き寝入りだ。

「積年の恨みが、これで晴れる!」と、思い切って1000円を堂々と(隠しカメラがないのを確認したうえで)ネコババした治五郎であった。(しかし「金は天下の回り物」と言うには、あまりにスケールの小さい話だなあ)

 

「ちりも積もれば」と言えば語弊があるが

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スタートから8か月余、このブログを一度でも読んだという人の数がきのう3月3日、1万人に達した。(えっ、1日にじゃなく8か月でやっと1万人? と、世の「人気ブロガー」たちは驚き呆れることであろう。ほっといて下さい)

前にも書いたが、治五郎はあまり読者を増やしたくないという歪んだ性格の持ち主なので、よく知っている人以外への広報・宣伝活動は一切していない。たま~に100人が読む日があってもいいが、普段は30~40人に「治五郎は相変わらずだな」と思ってもらえれば、それで十分なのだ。

 ワシが最も苦手とする金勘定をするならば=写真は1円玉の山=、毎日30~40円ずつ蓄えたら8カ月余りで1万円が貯まったという計算になる。(なんだか、さもしい心持ちになった)

【さもしい】自分だけ得をしよう、また、得すればいいという気持の見えすいている様子だ。「-▵根性(魂胆)」

明日からも、さもしくならない方針で行きます。よろしくね。

「老人」を悩ませる「トトロ」のリュック

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晴れて行政も認める「老人」になったばかりだというのに、怪事件が起きた。

(また怪事件か。治五郎の怪事件はあまり信用できないからなあ、と言わずにまあ聞いて下さいよ)

本日午後2時ごろのことである。隣のマンションとの間に高さ1・5㍍ぐらいの塀があるのだが、その上に不思議な物体が乗せてあるのに気づいた。「となりのトトロ」=イラスト=が、そのまま小さな小さなリュックになっている。

日が暮れても置きっぱなしで、雨でも降れば使い物にならないだろうから、部屋に入って中身を検分した。1~2歳の女児用と思われる衣類3点と紙おむつ3枚、お尻ふき用ウェットティッシュ(小)1箱。以上である。持ち主の手掛かりは何もない。

名探偵ジゴローは推理した。

①どこかでママチャリから落ちた物を通行人が拾い、処置に困って塀の上に置いた。

②治五郎に1~2歳の隠し子があり、その母親が嫌がらせでわざわざ置いていった。

②はありえないから、まあ①の線だと思う。しかし、どうすりゃいいんだ。距離が近いとはいえ尾久警察署に届け出るほどの遺失物でもないだろう。

いやあ、困った・・・(映画「男はつらいよ」の御前様=笠智衆=が、寅さんの新しい恋を伝え聞いた時の口調)

 

 

 

 

 

いよいよ明日で満65歳か

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押しも押されもしない年寄り。どこに出しても恥ずかしくない高齢者。れっきとしたジジイ。誰の目にも明らかな老いぼれ。

 サウイフモノニ ワタシハナリタイ

と、治五郎は早い時期から願ってきた。60歳の定年と共に〝完全隠居〟の身を選んだのにも、そういう背景がある。が人生ままならず、中途半端な5年間を過ごした。

本日、荒川区役所から「介護保険に関するお知らせ」なる封書が届いた。何が書いてあるのか、独力では理解する意欲も能力もないが「これで、胸を張って老人と名乗れる」という喜びがフツフツと湧き上がるのはワシだけだろうか。(そうだってば)

10日ほど前、夕刊の1面コラム「よみうり寸評」で珍しく(失礼)正論に出合った。

<45歳にして4年後の五輪にも出ると宣言した>選手がいるかと思えば<26歳で、これが最後の五輪と演技に臨んだ>選手もいる。と書き出し、串田孫一の随筆なんかを引用して蘊蓄を傾けてみせ(新聞のコラムがよくやる手)、 <65歳以上を一律に高齢者とみるのは現実的でなくなってきた。政府が高齢社会対策大綱で示した認識だ>。ここまではワシなんか反発しか覚えないが、結び方がなかなか良かった。

<健康で勤労意欲の高い65歳は確かに増えた。が、そうでない人もいる。人それぞれに自分なりの年相応の生き方がある。そんな視点も忘れたくはない>

<そうでない人>としては、これで溜飲が下がった。

話は変わるが、不朽の名画「東京物語」=写真=の小津安二郎監督(1903~1963)は満60歳の誕生日(12月12日)に逝去した(自殺ではない)。今だとマスコミは「早すぎる死」と言うだろうが、そうだろうか?

また話は変わるが、「東京物語」はワシが生まれた1953年の作品。計算が正しければ、名優・笠智衆(1904~1993)は当時まだ49歳だった。信じられない。

何がどうしたという話ではないが、「年相応の生き方」って何だろう。

 

プロ棋士の日韓文化比較論

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 かつて囲碁界で圧倒的な強さを誇った韓国出身の趙治勲さん(61)=写真左=が、トウガラシ=写真右はキムチ=とワサビの差について語ったという話を伝え聞いたことがある。(教えてくれたのは、ずっと囲碁を担当してきた先輩記者のFさん)

韓国出身の治勲さんが言うことに、韓国人は毎日トウガラシを食べているからカッとなりやすい。対して日本人は、刺身でも蕎麦でもワサビをよく使う。

「若い頃、ついカッと熱くなって大事な勝負を落とすことが多かった。それで、なるべくトウガラシではなくワサビを摂取することにしたら、重要な局面でも平常心を保てるようになった。ワサビには、精神を鎮静化させる作用があるのではないか」

治五郎は人の話をあまり真に受けない性格だが、この時は「一理あるかも」と思った。しかし最近では日本人だってキムチをよく食べるし、七味唐辛子などはどこの家でも常備している。第一、ワシ自身が担々麺やチゲ鍋は大好物(なるべく辛い方がいい)。

後日、谷中で開いていた定例飲み会に誰かが治勲さんを連れてきてくれたので、初対面ながら隣でジックリ話を聞かせてもらった。すると彼の考えは大体、Fさんに聞いた通りだった。「ワサビは確かに、人を落ち着かせるような気がします」

ふ~む。気が付けば、彼は日本酒を飲みながら刺身をワサビ醤油で食べている。ワシはといえば眞露オンザロックにカクテキだ。

かくて活発な日韓文化比較論が交わされたのであるが、どちらかと言えば彼の方が沈着冷静で、ワシはいつになく興奮気味だった(ように思えてならない)。

 

一字署名の(顕)と(酊)を使い分けた事情

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「治五郎さんよ。このブログは最近、何だか〝現役時代の懺悔録〟みたいな様相を呈してきていませんか?」「おう、キミもそう思うか。ワシも同感なんだ」

治五郎は40代半ばまで二日酔いに苦しむことはあっても、人前でロレツが回らなくなるほど泥酔した記憶はない。(記憶を失くすることがあるのは昔も今も一貫している)

同世代の中川昭一という政治家(1953~2009)は若くして大臣を歴任したが、ワシとはタイプの違う酔っ払いだったらしく、09年に有名な「朦朧会見」=写真=をやった後は選挙に落ち、自宅で急死した。享年56。

新聞の署名記事にはいろいろあって、フルネームで文責を明らかにするほど大げさな内容でない場合は一字だけで済ませることも多い。主に文化面で、そんなコラムや書評を毎週のように書く期間が、ワシには長く続いた。

初めは本名の1字を取って(顕)としていたが、原稿執筆が深更に及ぶとどうしても酒が入る(職場での飲酒が禁じられていたわけではないが、昭和時代と違って当時はもうそんな記者は珍しい存在だった)。熱中すると、いつの間にか傍らのソファにバタンキューである。

朝、目を覚ますと見覚えのない原稿が出来上がっている。(これを俺が書いたのか?)

さすがにところどころ、大胆になったり冗談が過ぎている個所もあるが、全体としては問題ナッシング。発想が素面の時より冴える傾向があり、微修正を加えればOKだ。

なんだか酒に申し訳ないような気がして、そういう記事の署名は酩酊の(酊)を用いることにした。やがて(顕)より(酊)が優位に立つに至ったことは言うまでもない。

(酊)が大きな失敗を犯したことはないのかって? ありまんがな。ま、それはまた今度。

 

 

 

 

古新聞の中の人生

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 5年前、60歳の定年退職直後に社内報の「ご苦労様でした」コーナーに書いた文章が出てきた。気持ちは今も変わらないので、恥ずかしながら紹介しておこう。

 

≪この欄では社に対する型通りの謝辞や昔の手柄話を記す人が多いけれど、あいにく手柄など何もない。ただ、書きたいことを書きたいように書きたいだけ書かせてもらったという実感はある。長く携わってきた日曜版に、退職当日の3月3日付まで原稿を書けたことは最大の喜びだ。

記者稼業の面白さは、ひとことで言えば「出会い」だった。取材した相手が何千人いるかは数えようもないが、知り合ったAさんを別な職業のBさんに引き合わせると、彼らの新しい世界が開けていく。そんな体験を何十回も味わった。

新聞は、翌日には資源ゴミとなる運命を背負ってきた。記者の署名など読者の記憶には残らない。誰かに「今朝はちょっといい話が読めた」と思ってもらえたら、もって瞑すべし。

「飲みながら何度も聞かされた」と言う後輩諸君、お気の毒さま≫

 

 退職の挨拶にしては、我ながら人をバカにしたようなスットボケタ文章だ。

その10年以上前になるが、鉄道の生き字引みたいな元NHK職員に取材した時のこと。「これは治五郎さん(ではなく本名)が書いた記事でしょう」「えっ? ああ、署名があるから思い出した。ずいぶん前に書いた昔の文部省唱歌の話ですね」

「先日、100歳近い母が死にまして遺品を整理していたら、新聞記事の切り抜きを見つけました。それを読んだ母が自分で描いたらしい、幼児のような絵も一緒です」

あゝ、そういう読者もいたのか! (もって瞑すべし)

治五郎の(老人性)シミが醜く浮き出たコメカミを、感涙がしとどに濡らしたことでありました。

【しとど】しぼるばかりにぬれる様子。「朝露に袖が ー に濡れる」

秘匿する相手から年齢を聞き出す方法

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今でこそ新聞も年齢にこだわらなくなったが、昔は氏名と住所・年齢がワンセットで必須事項とされた。載せる載せないは別として、取材した相手の年も聞き出せないようではデスクの大目玉を食らったものだ。

ところが有名人・一般人を問わず、自分の年齢を明かさない人(主に女性)がいる。下手に深追いすると取材拒否に遭ったりする。10代、20代と70代以上は問題ないが、その中間を占める幅広い層が厄介だ(ほとんど女性)。

たとえば治五郎記者が35歳だった1988年の夏、そんな女性(どちらかというと有名人)に取材することになった。30代には間違いないだろうが、自分より年上なのか年下なのか判断に迷う。

そこで、さりげなく1964年の東京オリンピック=写真=を話題にする。ヘーシンク(柔道)やチャスラフスカ(女子体操)やアベベ(マラソン)の話である。

「何か当時の思い出は?」「小学校6年でした。教室にカラーテレビが入って、東洋の魔女の試合を『社会勉強だぞ』と言って先生が見せてくれました」

はい、判明しました。この人はワシと同学年で35歳か36歳です。(事前に「星座」の話でもして相手が乙女座なら乙女座と答えていれば、36歳であることが確定する)

・・・思えば、ワシも姑息な手段を用いて生きて参りました。(日本の少年少女にとって、オリンピックの記憶はそれだけ鮮烈なんだという証でもある)