土屋嘉男さんの訃報とクロサワ作品の出来・不出来

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俳優の土屋嘉男さん=写真=が今年2月、肺がんのため89歳で亡くなっていたことが分かった。半年以上が過ぎている。(芸能記者諸君は何をしているのか?)

ワシが「さん」付けで呼ぶのは、彼の自宅や酒席で計3回ほど話を聞いたことがあるから。1998年9月に黒沢明監督が死去した際が最初だった。

無名時代の黒沢が映画館へ行くと隣の女性客が、邦画の上映中は暗い中で本を読んでいるのに、洋画になると身を乗り出して熱中する。「チッキショー、今に見ておれ!」と思った、と黒沢自身に聞いたそうだ。

UFOの存在を信じる土屋さんがUFOの話を始めると、他のスタッフは「またか」とウンザリした顔になるが、監督だけは常に真顔で耳を傾けていた、とも。

「世界のクロサワ」を印象付けた最高作は何といっても「七人の侍」で、治五郎にも全く異論はない。志村喬三船敏郎ら7人の〝侍〟役に土屋さんは含まれていない(8人目とでも言うべき百姓の役)が、以後は黒沢作品の名脇役として重用された。

黒沢作品と言えばワシの場合、「生きる」「天国と地獄」「赤ひげ」あたりには唸らされたものだが、カラーが普通になる頃からガクンとつまらなくなった。

遺作となった「まあだだよ」は、我が百鬼園こと内田百閒先生が主人公とあって何か月も前から楽しみにしていたのに、見たら奈落の底に落ちるような失望を味わった。キャストも失敗だ(百閒役の松村達雄ダメ、井川比佐志ダメ、所ジョージもダメ)。僭越ながら「百閒のことが何も分かってねえんじゃねえの?」と思ってしまう。

 土屋さんには「思い出株式会社」(正続、清水書院)という著書もある。こなれた文章の名エッセーだ。黒沢明の(老巨匠となってからではなく)全盛期に、何本もの作品に出演できたことは役者冥利に尽きようというものだ。

(土屋さん、7か月遅れになってしまいましたが・・・黙祷)