日本文化におけるサンマの役割(続き)

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キミ(♂)は、人妻とその幼い娘と3人でサンマ=写真=を食べたことがあるか? ワシは、ないと言えば嘘にならない。(ちょっと待てよ、ないと言えばウソにならない? ということは要するに、ないんじゃないか)

ないよ。しかしファミリーレストランで、幼い娘を連れた人妻と3人でアイスクリームを食べたことなら、ある。仕事絡みではない。ただ、詩の才能がないから「アイスクリームの歌」という作品は書いてない。

「秋刀魚の歌」は詩人・作家の佐藤春夫(1892~1964)の代表作だ。一人でサンマを食いながら人妻への恋慕をウジウジと女々しく(「女々しい」は今や差別語なので、取り消すにヤブサカではない)、しかし清らかに歌い上げている。

<あはれ 秋風よ 情(こころ)あらば伝へてよ>(以下はバッサリ省略するが、その中で、3人で食べたサンマの味を追憶している)

<さんま、さんま  さんま苦いか塩つぱいか>(終盤も少し省略)

この人妻というのが文豪・谷崎潤一郎(当時はまだ若かった)の夫人で、谷崎が「妻を譲る」と言ったり取り消したり、結局は「譲る」ことに決めたりと、いろいろあった。現代であれば「このジジイ~! 女を何だと思ってる~!」(豊田女史風)という騒ぎになり、テレビのワイドショーは未曽有の忙しさに見舞われたに相違ない。

思うに、この詩は「秋刀魚」の歌だから名作と呼ばれるのであって「鰤(ブリ)の歌」とか「金目鯛(キンメダイ)の歌」では人の心を打たないだろう。もちろん「烏賊(イカ)の歌」や「章魚(タコ)の歌」などは、もってのほか!

付言すると、サンマの神髄はワタ(腸)の苦みにある。あの部分を捨てる人がいるようだが、そういう人に「さんま苦いか」の詩心は伝わらないのではあるまいか。

 

江戸落語の傑作に「目黒の秋刀魚」があり、名匠・小津安二郎監督の映画に「秋刀魚の味」がある(出演は笠智衆岩下志麻ほか)。金持ちや権力者から〝下魚〟と見下されてきた秋刀魚だが・・・ああ、早く今年のサンマ食いてえなあ。