「三匹の子豚」と日欧の建築文化論

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<一番目は遊び好き、二番目は怠け者。三番目だけが働き者でした・・・>

治五郎は三人兄妹の1番目なので、今日に至るまで「遊び好き」の宿命から逃れることはできなかった。50代、60代の日本人ならNHKの「ブーフーウー」=写真=を、よく記憶しているだろう。その基になった「三匹の子豚」は、こんな話である。

1番目の子豚は、ワラで家を作った。2番目は木で建てた。悪い狼が来てどちらの家をも吹き飛ばし、「ピッグ」を「ポーク」にして食ってしまったが、3番目の子豚がレンガで建てた家だけはビクともしなかった。

丈夫で長持ちする建物(出来れば豪邸)を築く人が利口であり、そうでない家を建てる者は愚かである。という分かりやすい教訓が、ここには盛られている。

 「三匹の子豚」は18~19世紀に民話から生まれたらしいが、建物に関する上のような価値観はその何百年も前からヨーロッパでは当たり前だったに違いない。

翻って、日本はどうか。家というものは古来、木と紙で作るのが基本だったうえ自然災害や戦禍にも見舞われたから、残っている古い建築物の数には彼我で雲泥の差がある。コンクリート・ジャングル化が進んだ今、首都の景観は見る影もない。

それが悪いと言っているのではない。「1番目の子豚」としてもワラの家がいいと言うつもりはないが、日本人の家屋観は「人生の無常」に根差していると思う。

<はかないこの世の仮の住居を、いったい誰のために心を悩まし、どういうわけで見栄えをよくしようとするのか>というのが、鴨長明方丈記」の考え方。<主人と住居とが互いにはかなさを競うありさまは、朝顔の花に宿る露と変わらない>と記す。

ワシは仏教徒ではないが、この長明の言うことには心の底から共鳴できる。

(今月の第三土曜、21日のサンド会には現在の寓居を初めて訪れる人も何人かいる予定なので「言っちゃナンだが、ウサギ小屋に毛の生えたような」と驚かれないよう、布石を打っておくという魂胆も実はあるわけです)