情報番組に言いたいことは多々あるが・・・

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夜のゴールデンタイムを除けばほとんど一日中といっていいほど、各局とも情報番組を流している=写真はTBSの「ひるおび!」=。見ていて物申したいことは山ほどあるが、いちいち目くじらを立てようとは思わない。鷹揚というか大様なのである。

治五郎は新聞社にいたので、テレビという〝隣の穴のムジナ〟には共感と反発が相半ばする複雑な心情を抱いてきた。なんといっても、新聞がテレビに「かなわない」と敗北感を味わわされる点は、やはり「速報性」であろう。

たとえば深夜の2時に大地震が発生したとする。テレビは、すぐにでも速報体制を組んで被災地からの生中継に切り替えることが可能だ。新聞だって全社員に緊急出動を命じて取材に取り掛かるのは同じだが、そこには「締め切り」という大きな壁がある。

午前2時だと締め切りは過ぎているから、初報は翌日の夕刊ということになる。前夜の「News」は、もはや「Olds」 であって、どこでどんな地震があってどんな被害が出ているかは、読者の方が詳しい。気の抜けたビールどころではない新聞。

加えて、東北地方など夕刊を発行していない地域が多く、発行していても夕刊を購読する人は減り続けている。オンラインでは詳しい情報が伝えられないし、号外は首都圏の主要駅で配布するのが精いっぱい。テレビの後塵を拝するしかないのだ。

まあ、地震発生を「午前2時」と仮定したワシもワシだが、何時の発生であれ事件・事故の速報に関する限りテレビの優位性は揺るがない。(悔しい)

最近の情報番組を見ていると、新聞記事からの「いただき」が非常に多い。自前の取材ではなく「今朝のA新聞は、こう書いている」「M新聞にこんな記事があった」と、臆する様子もないから「それは、ズルいよ」と言いたくもなろうじゃないか。

大きなボード(パネル)に、拡大した当該記事が掲げてある。びっしりと赤い傍線が引かれていて、重要な個所は色の付いた紙で隠してある。担当のアナウンサーだかリポーターだかが説明しながら、その紙を次々に引っぺがしていく。説明することより「めくる」というか「はがす」作業に、ひたすら専念しているようにも見える。

どの新聞からの引用であるかはクレジットがあるから著作権侵害には当たるまいが、どうしても「他人のフンドシ」という言葉が思い浮かんでしまう。

一方で、ワシみたいな立場の者からすると「ハハァ、これはS新聞の特ダネなのか」とか「N紙は経済分野以外でも頑張ってるな」ということが分かるので、一概に排斥する気にはならない。新聞とテレビ、持ちつ持たれつというところでしょうか。