人妻と二人で湯沢温泉へ行った

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「治五郎が? 本当に? そ、そりゃしかしマズイんじゃないか?」

まあまあ、そう興奮せずに落ち着いて話を聞きなさい。

例の旅行雑誌が「昭和の鉄道旅」みたいなテーマで特集を組むことになって、Fという新編集長が川端康成の「雪国」をネタにして書いてくれ、と治五郎に言ってきた。文化部時代の後輩ではあるし、むげに断るわけにもいかない。

冬至の明け方、まだ外が暗いうちに出掛けた。上越新幹線に乗れるのは高崎までで、そこから先は上越線の各駅停車。水上で乗り換えなければならない。(こんな旅をする人は今どき、マニアックな〝乗り鉄〟や〝撮り鉄〟しかいない)

相棒として指定されたのが、Mという女性フリーカメラマン(年齢不詳)だ。既婚者らしいから「人妻」には違いない。

駅に近い民俗資料館「雪国館」を経て、川端が「雪国」を書いたことで有名な旅館に入る。「あ、この人はカメラマンです。写真を撮ったらすぐ帰りますから」と支配人に伝える。(何のやましさもないのに、なんでワシが卑屈な感じになるんだろう)

Mさんは仕事に厳しいタイプらしく、モデル兼務のワシにテキパキと指示をする。「浴衣に着替えたら、そこに座って下さい。そっちじゃなく、こっち。目線は、カメラではなく向こうの山の方をボーッと見る感じ。はい、そのままジッとしていて下さい」

昼飯も食わずに「温泉街の写真を撮って帰ります」と、14時前に慌ただしく去った。

残ったワシの方は女将の話でも聞く以外、寝るまで何もすることがない。駅で買っておいた地酒(紙パック入り)で独酌するしかないだろう。

この宿には「ミニシアター」があって毎晩、8時から上映する。むろん、いかがわしいフイルムなどではなく豊田四郎監督の「雪国」(1957年、東宝)=写真=だ。若かりし岸恵子八千草薫池部良らの名演に見入った。(つゞく)