〝めそめそ歌〟の消滅

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【めそめそ】〔女性や子供などが〕何かというとすぐに涙を見せて、沈んだ調子で泣き続ける様子。「人に隠れてーする/ーする子はきらいだ」

流行歌に関して、治五郎は「めそめそ」系が嫌いではない(むしろ大好き)。「語釈の〔女性や子供〕は余計じゃない? めそめそする男はいないというの? やい!」という、そこの勇ましいオバサンやお姉さん、そういう話はまた後でね。

めそめそ歌の元祖は、大正後期の「船頭小唄」(作詞・野口雨情、作曲・中山晋平)あたりではないだろうか。「俺は河原の枯れすすき 同じお前も枯れすすき・・・」という、あれだ=写真は枯れすすき=。

戦争を挟んで、半世紀後の「昭和枯れすすき」(さくらと一郎)になると、もっと悲惨な光景が現出する。貧しさに負け、世間に負けて「いっそきれいに死のうか」「力の限り生きたから 未練などないわ」である。

こういうネガティブな歌が消えて無くなったのが「平成」という時代だった、とは言えまいか。豊かになった、というのは物事の一面に過ぎない。

最近のJポップとやらには概して「陰」が感じられない。明るい希望を持って前向きに生きよう、頑張ろうというメッセージばかりだ。聴く若者は、それで満足できるんだろうか。頑張って、谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」ぐらい読んでみたらどうだ。

男も女も、布団に潜って(一緒にじゃないよ)ひとりメソメソ泣くのが青春だろう。そういう哀しさの滲む新曲を、ワシゃたまに聞きたいんじゃがのう。