老爺の「老婆心」

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田舎に限った話ではない。東京でも、滅多に客の入らない小さなパン屋さんや雑貨店を見かける。1日に3人の客が来たとして、何個の商品が売れるかというと例えばクリームパン1個、サバ缶1個、それにタワシ3個(どういう客だ)である。

これで、どうやって生きていけというのだ。(以下は、例によって治五郎の妄想)

山形県のキヌ婆さん(79)は11年前、夫に先立たれた。店を続けてきたが客が激減し(100メートル先にコンビニが出来た)、足腰が痛むうえに頭の活動もだいぶ鈍くなってきた。息子の孝一(52)は東京の大手食品メーカー勤務で、母を自宅マンションに引き取ろうと言うが、妻子は猛反対らしいしキヌさん自身にもその気はない。

孝一(親孝行な長男という願いを込めて命名したに違いない)が経費を負担して、地元の老人ホームに入所した。話し相手がいて楽しいといえば楽しいが毎日、午後2時になると全員がコミュなんとかルームに集まって、手をつなぎながら「む~す~んで ひ~ら~い~て」と歌わなければならないのが、少し鬱陶しい。

 住み慣れた小さな自宅兼店舗は、どうなっているか。まだ廃屋=写真=とまでは行かないが、あと3年もすればこうなるに決まっている。

【老婆心】不必要なまでに人の事について気をつかい、世話をやくこと。

老爺・治五郎は、見も知らぬ他人であるキヌさんに対して「不必要なまでに」気をつかっているかもしれないが、まさか「世話をやく」わけにもいかないだろう。

安倍くん。

アンタに治五郎のような〝妄想〟をしてくれとは言わない。しかし日本全国に何万人、何十万人のキヌさんと孝一君がいて何を感じているか、ちょっと〝忖度〟してみるのもいいと思わんかね? (なあにが「1億総活躍」だ、とワシは憤っているわけです)

 月食が終わって綺麗な満月に戻ったし、朝になれば出かけなきゃならんし、酒はそこそこ飲んだし、もう屁こいて寝るとしようか。