淀川さんと満月

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はい、淀川長治さんですね。皆さん覚えてますか? えっ、もう忘れた? 仕方ないかもしれませんね。人は誰でも、死ねば忘れられるものなんです。

ほんの数年前のように思っていたが、指折り数えれば20年も前になる。映画評論家の淀川長治さん(1909~1998)=写真=が亡くなる前年に取材する機会があった。

都心のホテルの34階に住んでいる。生涯独身で、あらぬ噂を聞いたりしたこともあるワシは「気に入ったりしちゃヤーよ」的な脅えが無かったと言えば嘘になる。

「日曜日なのに、ごめんなさいね。奥さん怒ってませんか?」(喜んでます)

この時のインタビューは(自分で言っちゃダメなんだが)なかなか中身が濃くて、ヨドチョーさんならではの言葉を幾つも引き出せた。

「生きるということは、死が前提なんです。死ぬから生きてるの」

「僕は結婚しないでずっと一人で生きてきたけど、それは孤独が好きなわけじゃなくて、一人の方が楽だから。隣に人がいるとうるさいと感じる一方で、もし嫁さんをもらったら相手を好いてしまう性格だから、どこへ行くのにも一緒に連れていくと思う。世間や他人よりも自分の家庭が大事になってくる。そういうのが、僕は嫌なの」

「僕、実は神様を信じてないのね。でも長生きしたら『生きていること』のありがたさが分かってきた。空を見て『なんて綺麗なんだろう』と思う。太陽。雲。星。満月がすごいし、三日月もいい。神様がくれた最高のプレゼントとしか思えない」

「一生懸命に働いて苦労続きとしか見えない人は、晩年が充実してる。逆に、何の不自由もなく豊かそうな一生を送った人は、意外に最後が不幸なのね。帳尻が合う。数学が極端に苦手だった僕は、それで中学時代に自殺しかけたこともあるくらいだけど、人生って案外、算数みたいなもんかもしれないね」

治五郎の人生観は、この人に限りなく近いような気がする。今宵は綺麗な満月である。