正しい耳の動かし方

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<近頃は身体(からだ)の加減か、年の所為(せい)か知らないけれど、あんまり腹が立たなくなった。昔はいろんな事が口惜(くや)しくて、無闇(むやみ)に腹を立てた為(ため)に、到頭、耳が動き出した。>

これは、内田百閒の随筆「立腹帖」の冒頭である。子供の時、母親に叱られたことに納得が行かず風呂場へ行って悔しがった。鏡を見ると<両方の耳が、ひくひくと動いていたのである。その時に骨(こつ)を悟ったので、今でも私の耳は動く。>

以下、腹が立って仕方のなかった経験が綴られる。それらを思い出して耳を動かしながら、原稿用紙に向かっている百閒先生の仏頂面が目に浮かぶようだ。

治五郎も実は、昔から耳=写真。ただしジジイの耳は、こんな綺麗なものではない=を動かせる。動かせないという人も多いらしいから、その部分が随意筋か不随意筋かは個人差があるに違いない。

【随意筋】動物の骨格を結びつけて固定し、意識のままに収縮・運動する筋肉。横紋筋。⇒不随意筋

犬や猫は、背後で物音がすると耳だけ後ろに向けることが出来る。そこまでは行かなくても、例えば人を乗せた馬は、手綱を引かれると「なんだ、止まるんかい」という感じで耳を動かす。あの馬の気持ちになると、人間も耳を動かせるように思う。

耳を動かしたって1円の得にもならないが、こういうことは損得を考えたら出来ない。