半世紀前のサッカー少年の現在
① ② ③
「おお、エウゼビオ=写真①=じゃないか! 懐かしいな」
「誰ですか、それ」
「本当に知らんのか? オイセビオとも読んだ。南海の黒豹だぜ」
「南海の黒豹と言ったら、大相撲の若島津じゃないかなあ。今の二所ノ関親方」
「あ、南海じゃなかった、ポルトガルの黒豹だ」
「サッカーのW杯で活躍した選手なんですね? 間違いない?」
「Oh・・・(処置なしのポーズ)。1966年のイングランド大会で優勝したのは地元イングランドだが得点王(9点)はポルトガル代表の彼だった」
治五郎が話をしている相手は、10歳ほど年が違う。この差が、実は大きい。
「写真②は? 見たことはあるような気がするんだけど」
「西ドイツのゲルト・ミュラーじゃないか。1970年のメキシコ大会で、ブラジルに優勝は奪われたが、9点を入れて得点王になった。ズングリした体形なのに、動きが素早くてゴール前の動物的な勘が『半端ない』んだ」
「③は確かイタリアの・・・ロッシ! この辺からは良く覚えてます」
「そう、パオロ・ロッシね。1982年のスペイン大会で優勝したイタリアのストライカーで、細身の優男だが6点取って得点王になった。ただ、ワシがサッカーに詳しいのはこの辺までで、以後は新しいことを覚える能力がすみやかに衰えた。高校を終えると新しい英単語が覚えられず、忘れる一方なのと同じ原理だな」
「じゃ今は? 今回のロシア大会は見てなかったの?」
「いや、録画を含めればほとんど全試合を見てる。ただ、選手の顔と名前が覚えられないんだ。エウゼビオやミュラーの得点シーンなんか、今でもシュートのコースまで覚えてるんだが。不思議というしかない」
「Oh・・・(処置なしのポーズ)」
歴史は繰り返す。
今大会を夢中で見ている少年たちは52年後も、かつてロシアで行われた試合の詳細を覚えているだろう。しかし、2070年のW杯がどこで開かれるか知らないが、その大会で活躍する選手の顔と名前は、見ても覚えられなくなっているだろう。