ドイツのTVドラマに〝出演〟した話

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社会部記者だった30代半ばのある日、部長から呼ばれた。(また何か不始末が発覚したかな)と心配したが、そうではなかった。

「おい治五郎君(ではなく本名)、キミはドイツにいたことがあるんだって? ドイツ語は出来るのか」

「子供の頃に3~4年いました。当時は話せましたが、その後は使う機会がなかったから、今じゃすっかり忘れました。という程度の会話なら出来るけど」

「ドイツのテレビ局が社会部内の撮影をしたいと言ってきてるんだ。ドラマの1カットに使うだけだというからOKを出した」。3~4人のスタッフと俳優が来た。

30年前の社会部と言えば、まだパソコンはない。うずたかく積み上げられた本や資料の陰に酒瓶や灰皿が転がっている。「乱雑」を絵に描いたような職場で、それを撮るのが向こうの狙いなのだろう。(日本の新聞社では、部長になっても個室が与えられないのか!)と、驚いている様子だ。

いきなり「役」を与えられた。「若いデスクが、急に社を訪ねてきた外国人の話を黙って聞いているところを演じてほしい」と、ドイツ語と英語のチャンポンで言う。おいおい、聞いてないよ、そんなの。

ドラマは(もう覚えてないが)、何か冤罪を晴らすんだか人を探すんだかで極東へやってきた主人公が、マスコミを訪ね回って必死に真実を訴えるという風な内容。回想シーンの中の1カットとして数秒だけ使うらしい。

俳優の話を聞いてるだけなら〝演技〟は必要ないはずなのだが、だんだん要求が増えてきた。「そこでカメラの方を見ないで」「話にあまり関心はないという顔をして」

どちらかといえば、分からず屋という「悪役」なのである。

30~40分の経験ではあるが、汗だくになった。ワシは役者としては大根=写真=なのだということが、身に染みて分かった一日であった。

【大根】㊀畑に作る一年草。長くて白い根をおろしたり 煮物にしたり 漬けたり する。だいこ。〔アブラナ科〕 ㊁〔芝居が〕へたな▵こと(人)。「―役者」