「戦禍の記憶」とエビスビール

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一昨日あたりのことだったかな、と思っていたら、もう1週間前になる。

土曜日の朝、S井(=坂I、早い話が坂井)Y子さんからメールが来た。この人は治五郎の谷中庵時代、近所に住んで毎月のイチド会(第一土曜)及びサンド会(第三土曜)の事務局長を務めてくれた恩人である。

「今日は大石芳野さんの写真展の初日。14時からの講演を聴きに行きませんか?」

大石さんと言えば、定年の近づいた治五郎が長時間のインタビューを試みた著名な女性写真家で、連載後は意外な方面からもさまざまな反響があったが、本人とは会えないままワシは不義理を重ねてきた。坂井さんと大石さんの関連性は、よく分からない。

会場は、恵比寿ガーデンプレイスに隣接する東京都写真美術館。駅からガーデンプレイスまでは、空港によくある「平坦なエスカレーター」というか「動く歩道」というか、あの設備が出来ているのだが、知らなかったワシは駅を出て歩いたので息が切れた。

写真家・大石芳野は、いわゆる「戦場カメラマン」とは違って(戦場にも行くが)、ドンパチよりも女や子供の「戦禍」を追い続けた人だ。集大成というべき写真展の膨大な作品=写真左=群は、どれも人の心に迫るが、ワシはだいたい見ている。

本人に会って一言なりと不義理を詫びたかったのだが、ファン向けのサイン会などもあったので遠慮し、せっかく恵比寿まで出てきたのだから、短時間ながら坂井(元)事務局長とジョッキ=写真右=を傾けた。

昔懐かしい名前が何人も飛び出し、「生前にもう一度会っておいたら?」という言葉にも心は動いた。人前から姿を消すという「隠居道」も結構、難しいものらしい。