「えこひいき」や「えりごのみ」をしない者の悩み

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【依怙贔屓】自分の好きな人や関係の有る人だけを特に ひいきにすること。

【選り好み】〔多くのものの中から〕好きなものだけを選びとること。より好み。

 つねづね申し上げておりますように、治五郎は「みんな違ってみんないい」という信条の持ち主なので、食べ物に限らず動植物でも人間でも(♂♀を問わず)、よほどのことがない限り「毛嫌い」ということを致しません。決して好きとは言えない対象であっても切り捨てず、どこかにいい点はないか、辛抱強く探そうとする傾向がある。

こういう性格だと、困るのがスポーツ観戦。個人競技でも団体競技でも、どちらかを一方的に応援するということが出来ない。巨人には巨人の、阪神には阪神のいいところがある。阪神が優勝したら裸で道頓堀に飛び込むようでないと阪神ファンではないと言われるが、ワシにはそういうマネが出来ないのだ。

小学校の運動会で、父母や担任と違って一つの学級だけに肩入れできず、「赤勝て、白勝て」と叫ぶしかない校長先生の気持ちが忖度される。加えて、日本人なので「判官びいき」という本能も働き、強い方には「何もワシまで応援しなくてもいいか」と、つい弱い方に味方したくなる。こういう人間にスポーツ観戦は向かないと思う。

悩みを抱えながら、今日も大相撲中継=写真は逸ノ城と遠藤=の取組を序の口から見ているワシとは何だろう。