北村薫「太宰治の辞書」を読む

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太宰治=写真左=が愛人と玉川上水に飛び込んだのが1948年の6月13日、遺体発見が同19日。「桜桃忌」は俳句の季語にもなり毎年、多くの太宰ファンが三鷹禅林寺に詰めかける。70周年に当たる今年は、ことのほか大賑わいだろう。

治五郎は何よりも「群れる」「群がる」ことが苦手なので、そういう現象には極めて無関心、冷淡である。(一人で静かに偲べばいいだろう)

そんなワシが今、北村薫さん(1949~)の「太宰治の辞書」という本を読んでいるのは偶然に過ぎない。3年前に出た単行本が昨秋、創元推理文庫になった。

面白い小説の「どこが面白いか」を解説することほどヤボな行為はないので、やめておく。北村さんは「ミステリ作家」ということになっているが、殺人事件とは縁がない。人が日常的に経験する「謎」と「不思議」がテーマだ。

そんなワシが、こともあろうに2007年、新潮文庫北村薫「語り女(め)たち」=写真右=の巻末に「北村薫の『出会い』と『語り』」と題して解説を書いている。治五郎名義ではなく本名を使っている。(おゝ、恥ずかしい!)

旧知の版画家・大野隆司さんや、声優・朗読家の北原久仁香さんらを引き合いに出して北村文学の魅力に〝肉薄〟しようと頑張ったのだが、読み返すと破綻している。

太宰治の辞書」を読んで「どこがそう面白いのか、よく分からない」という人もいるだろう。しかし「本がないと死んでしまう」という〝依存症患者〟も、世の中には少なくない。そういう人には「毒」であり「救い」にもなる1冊だと思う。