いまいましき忌み言葉

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治五郎が少年期の大半を過ごした東北の田舎では、塩=写真(コカインではない)=は塩であり、醤油は醤油であって他の呼び名は聞いたことがない。

ところが上京後、関東地方で暮らすうちに異称があることを知って、不思議な感じがした。塩のことを「波の花」と言ったり、醤油を「紫」と呼んだりする。戦前世代の女性(といっても、今のワシよりだいぶ若いオバサンたち)が好んで(というより、一種の義務感を持って)言い換えをしているようだった。

 いわゆる女房言葉みたいなもんかと思って、新解さんを引くと、

【女房言葉】女性語の一種。昔、宮中の女房が使った。ネギを「ひともじ」、すしを「すもじ」、だんごを「いしいし」と言うなど。

へえ、だんごが「いしいし」ねえ。みちのくと違って、江戸では粋な言葉が幅を利かせているのだなあ、と感心しかけたものだ。が、よく考えると「波の花」も「紫」も塩や醤油の「し」を避ける忌み言葉なのではないかと思い至った。

【忌み言葉】縁起がよくないとして、使用を避ける言葉(の代りに使う他の表現)。植物のアシ(a)が「悪し」と通じ、果物のナシ(b)が「無し」に通じるので縁起がよくないとされ、「死ぬ」(c)はその状態自身が望ましくないため、これらの語の使用を避けるなど。また、a・b・cの代りにそれぞれ用いられる「ヨシ・アリノミ・ナオル」など。

相変わらず親切な新解さんは、abcまで駆使して実例を挙げて説明する。死は「その状態自身が望ましくない」のだそうだ。誰にも反論できまい。

髭を「剃る」ではなく「当たる」と言い、スルメをアタリメと言い換えるのも同前だ。してみると「過度な忌み言葉の横行は、ヲコの沙汰ならずや」と拙者などには思えてくるのであった。

【おこ】「おろかな▵こと(人)」の古風な表現。「―の沙汰」