「私がやったことに間違いありません」

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国語の問題を一つ。(対象は中3~高1ぐらいかな)

「私がやったことに間違いありません」は、2通りの意味に解釈することが可能です。その違いが分かるよう、2種類の文章に言い換えなさい。

(正解例)・・・A.「それは私がやりました。間違いありません。」 B.「私は慎重な性格なので、間違いは犯しません。」

Bの場合は「私のやったことに間違いありません」と助詞を補うべきだろう。

で、治五郎先生は何を言いたいのか? 取り調べ室の写真(韓国のドラマより)があるから見当がつくだろうと思うが今宵、やり玉に挙げたいのはAの方だ。

TVニュースで、逮捕された被疑者(否認・黙秘を除く)は、判で押したように「私がやったことに間違いありません」と言う(言ったとされる)。ホンマかいな。

「間違いありません」なんて、そんなに上品で育ちのよさそうな犯罪者は、あまりおらんのとちゃうか? 仮に男の名を(不本意ながら)治五郎だとしよう。

刑事「じゃ認めるんだな?」治五郎「るっせーな。ああ、やったよ! やったと言やいいんだろ?」

これが実態だと思うんだが、なぜかニュースでは「私がやったことに間違いありません」となる。

刑事が作成して被疑者に捺印させた型通りの供述調書(の一部)を記者会見で読み上げる警察も警察だが、それをそのまま放送するマスコミもマスコミだと思う。

明日も明後日も、逮捕されて容疑を認めた人は「私がやったことに間違いありません」と言い続けるんだろう。(この予想はたぶん、間違いありません)

 

 

 

 

犯罪者って、どのくらいいるもんなの?

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前科の有無が話題なのではない。立派に更生した人も(多くはないが)いる。

治五郎は若い頃、毎日のように警察署に寝泊まりした時期がある(容疑者としてではなく新聞記者として)。1本の電車に1000人が乗っているとして、お尋ねの件について内訳を推量してみましょう=写真はラッシュアワーの某駅=。

1000人中、殺人経験者は4人。うち服役を終えたのが2人で、もう1人は「戦時中、大陸で何人も殺した」という爺さん。残る1人は昨夜の事件で逃走中(年齢未詳)だ。

もう面倒になってきたが推量を続けると、窃盗・万引きが141人、私文書偽造が127人、痴漢が69人、詐欺が32人(発覚していないものを含む。あてずっぽうだから、当局に電話して確かめたりしないで下さいね)。

軽犯罪や名誉棄損、著作権侵害なども問題にした場合、清廉潔白な人は1000人中、30人もいるだろうか? かく言うワシも、その30人には入れません(断定)。

質問を寄せた娘さん、満員電車に乗って通勤することが怖くなりませんか? 隣で吊革につかまっている男の人相は常に観察・記憶した方がいいよ。なに「私は結婚詐欺の常習犯で、警察の取り調べには慣れてる」ですって? 恐れ入りました。 

 

「みんなちがって、みんないい」のだけれど・・・

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はい、この人=写真=は童謡詩人の金子みすゞさん(1903~1930)ですね。

 

<わたしが両手をひろげても、 お空はちっとも飛べないが、 飛べる小鳥はわたしのように、 地面(じべた)をはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、 きれいな音は出ないけど、 あの鳴る鈴はわたしのように、 たくさんなうたは知らないよ。

鈴と、小鳥と、それからわたし、 みんなちがって、みんないい。>

 

これは、代表作「わたしと小鳥と鈴と」。ものごとを優劣や好悪でとらえるのではなく「ちがう」ことの大切さを考えさせてくれる。治五郎も深い共感を覚えます。

これは人間関係についても言えることで、100人の人がいれば100人それぞれに他とは違う美点・長所がある。ワシは何事も「悪いところ」より「良いところ」に目がいく性分らしく、嫌いな人よりは好きな人の方が断然、多い(食べ物に「好き嫌い」がなく「好き好き」なのも、あるいは関係があるかもしれない)。それで騙されたり損をしたりすることもあるが、別にチッキショーと恨んだり後悔したりしたことはない。

しかし「好き好き」も同性同士なら問題ないが(あるか)、相手が異性だと話が難しくなってくる。「A子さんの性格は申し分ないが、首から上が(下も)ナンだな」とか、「B子ちゃんは素晴らしい容姿なのに、味覚があまりにもアレだ」という風に。

さらに考究するなら「目はナンだが鼻が少しアレだ」「手の指がアレなのに足の指はナニだ」などと、もうナニがナンだか分からなくなってくるのが常人というものだろう。(常人ではない、治五郎だけだ。と、そうおっしゃるか)

遠い昔に「結婚」(一部を除けば一夫一婦)という窮屈な制度が生まれ、配偶者以外の異性にあまり美点や魅力を発見してはイカン! という倫理規制が生じたわけだが、これは「みんなちがって、みんないい」という金子みすゞの思想とは逆ベクトルであって人間の正しい本性とは相容れない。従って「結婚制度」には根本的な無理がある。

・・・てなことをサ、治五郎は30年ほど前から主張してきたのだったが、よんどころなくジゴロとなり果てた現在は、もう何も申しません。

 

 

トランプさんにあって、ワシにないもの(続き)

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昨日は「欲」の一字で片付けたが、よく考えてみると欲にもいろいろある。

例の辞書(新解さん)は【自分の物にしたい 自分でそれをしたい、と思う心】と定義していて、他の言葉に比べると淡白な説明という印象を受ける。おそらく、新解さんも「欲」についてはあまり情熱を傾けて語りたくない性格なのだろう。

用例として挙げているのは「食―・私―・愛―・金銭―」だ。新解さんに私淑する〝弟子〟としては逐一、自分の「欲」を検証してみずにいられなくなる。

トランプさん=写真はニューヨークのトランプタワー=と違って治五郎には欲がない、と言っているように思われるかもしれないが、人間だから欲はある。ただ、食欲も私欲も愛欲も金銭欲も(もともと弱かったが)今はほとんどゼロ、と言いたいわけです。

「名誉欲」や「出世欲」には少年時代から無縁だったが、当時は旺盛だった「知識欲」も還暦以降はグーンと減ってきた。(これはキミ、かなり厳しい事態なんだよ)

今でも盛んな欲と言ったら「飲欲」かな? と思ってインヨクを引くと、どの辞書にも「淫欲」しか載ってない。新解さん、どうにかなりませんかね? (どうにもならん)

 

 

トランプさんにあって、ワシにないもの

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「欲」

なんだ、1字で済んじゃった。ブログ開設1か月を迎えるに当たって、何か理屈を述べたいと思ったんだが、それもまた一種の「欲」だしね。ではまた明日。

高校野球と「ウグイス譲」の謎

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ワシの「甲子園デビュー」は、確か24歳か25歳の時。申すまでもないが、選手や監督として試合に臨んだわけではない。

新聞社の地方支局(具体的に言うと読売新聞前橋支局です)にいたので、高校野球のシーズンには県版用の記事を取材して書くため甲子園球場=写真=に期間未定の出張をした(地元チームが敗退すれば、そこまで)。

相撲やサッカーと違って野球には興味も知識も全然なかったが、仕事なのでしかたなく、あの七面倒くさいルールを勉強してスコアブックをつけられる程度にはなった。お陰で、今も高校野球プロ野球をテレビ観戦していると結構、楽しめる。

「ウグイス譲」という言葉を最近はあまり聞かなくなったような気がするが、新解さん(人名ではなく辞書の愛称)には【きれいな声で場内アナウンスをしたりバスのガイドをしたりする若い女性の異称】と載っている。(若いって何歳までだろう? まあ、甲子園の場合は女子高校生の声に決まっているから疑義は出ないだろうが)

いつの頃からか、彼女らのイントネーションが気になってしようがなくなった。

「3番、ショート、志賀くん」とか「9番、レフト、武者小路くん」などと、選手名を紹介するでしょう。その際、どうして「シガ」までを高音で発声し「くん」でガクンと音程を下げるのだろう。「ムシャノコウジくん」の場合も同様だ。

あの調子で「治五郎くん」と呼ばれたらワシなどは少し困惑すると思うんだが、球児たちは別に抵抗を感じないんだろうか。高校生の日常生活では聞かれないはずのイントネーションなので、どこかに高野連(またはNHKか朝日新聞社)の指導が入っているような気がする。而してその狙いは那辺にありや? う~ん、気になる!

えっ、どうでもいい話じゃないかって? ま、そう言われりゃそうなんですけどね。

 

嫌いな食べ物? ありませんね

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酒飲みなので、訪問先で和菓子なんか出されると内心(チェッ)と思うことはあるが礼儀として、うまそうにペロリと平らげることぐらいは朝飯前だ。

「好き嫌い」という言葉があるが、ワシに食べられないものはほとんど皆無。「好き好き」なのだ。いわゆるゲテモノ関係は除くとしても、昆虫類の唐揚げとかヒツジの脳みそなどは好物に属する(えっ、十分にゲテモノだって? そうかなあ)。いつか沖縄で食したイラブ―(海ヘビ)だけは少し喉につかえる感じがしたが・・・。

その辺のスーパーやデパートの食品売り場に行くと、食べたくないものを探すのに苦労する(そんなものを苦労して探す人がいるもんだろうか)。しかも、舌の好みが安上がりに出来ているらしく、魚で言えば鯛やヒラメより、サバ=写真は、しめ鯖=を筆頭にイワシ、サンマの方が数段うまい(と感じる)。

もちろん、少し値の張る好物もある。「日本3大珍味」として万人が認める(ホントか?)生ウニ・カニみそ・あん肝(アンコウの肝)ね。これにホヤを加えて「4大珍味」としたい密かな願望も、ないではない。(なにせノンベエなので)

食いしん坊だと思われそうだが実は食が細く、50を過ぎたら宴会などで注文するのは畳イワシと、ナスの浅漬けぐらい。隣の後輩(♀)に「飲んでばかりいないで、もっと食べなきゃ」と言われ、思い切って「サバのヘシコ」を追加するのが関の山だった。

田舎の両親(90歳と89歳)は共に「食べたことがない=食べられない」食品が無数にあって、あん肝もヘシコも「ゲテモノ」の類に感じられるだろう。どうしてワシみたいな息子が生まれたのかは「突然変異」と説明するしかないようだ。