日本文化におけるサンマの役割

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明石家さんまさん=写真=の話題ではないので、ファンは読まなくて結構。しばらくゲームか散歩でもして来て下さい。(歩きスマホはダメよ)

ラーメンを食べようかカレーにしようかと迷って、ラーメンに決めたとしよう。決めた瞬間から、舌も喉も胃袋も「ラーメン態勢」に入る。「さあ来い。今日は担々麺ではなくオーソドックスな醬油味だぞ! 麺が先か、スープから行くか?」てなもんや。

「チャーシューは2枚あってもいいな。ナルトと海苔は各1枚で十分。シナチク(メンマ)は、軟らかいもんなら多めに入れとくれやす」てなもんや。

ところが、友人とバッタリ会った。相手が♂の場合は「何を食う?」「何でもいいや」「じゃラーメンだ」となる。しかし♀だとそうはいかない(ことが多い)。

「ラーメンにしないか」「昨日ラーメンだったから、今日はキーマカレーがいいな。おいしい専門店を見つけたのよ」

舌と喉と胃袋が「な~にがキーマだ!」と一斉に不平を鳴らす。しかし食ってみるとキーマカレーもなかないけるので、ラーメンの幻影は雲散霧消。

昨夜は今秋初のサンマが食卓に上る予定だったので、全身「サンマ態勢」に入っていたのだが、スーパーに置いてないという(深刻な不漁らしい)。急きょ、マグロの山掛けに変更となった(これはこれで好物だから不満はない)。

庶民の味を代表するサンマ。あの人気タレントだって「明石家さんま」ではなく「明石家ひらめ」や「明石家めばる」を名乗っていたら、売れなかったのではないか。

今宵はタイトルのような格調高い考察を試みたかったのだけれど、ラーメンとカレーの問題に行く手を阻まれた。あす、再挑戦する所存であります。