72歳で死んじゃ早すぎるか?

f:id:yanakaan:20171204153941j:plain

夕刊のコラム「よみうり寸評」を読んでいて「あれ?」と思った。はしだのりひこ=写真=を追悼しているのだが、こんな一節がある。

<活躍の陰で苦悩を抱えていたという。同年代の親友の自殺をひきずっていた。「10年間、だれとも打ち解けられなかった」と後に本紙の記事で語っている>

なんだか聞いたような、というか書いたような・・・そうだ! <本紙の記事>というのは22年前、治五郎が京都・伏見の自宅を訪ねて取材し、書いたのだ。「私のこの歌」という企画で、名曲「風」が生まれた経緯を聞いた時のことを思い出した。

今は新聞社の膨大なデータベースがあるので、「はしだのりひこ」と入力すれば明治時代から昨日までの関連記事が瞬時に検索できる(明治・大正時代に端田宣彦は生きていなかったが)。そりゃもう、引用し放題である。(書いた記者の許諾を得ろとか、100円でも200円でも支払うべきだ、などとケチな主張をするわけじゃないよ)

<72歳、枯れ葉舞う季節にもたらされた早すぎる訃報だった>とコラムは続く。

早すぎるかなあ。

宮沢賢治の37歳、夏目漱石の49歳、美空ひばりの52歳。この辺は、まあ「早すぎる」と言えるだろう。いま64歳のワシは、あす死んでも「早すぎる」とは全く思いません。

人生七十 古来稀なり(杜甫)。「古希」を祝うべきことととするのと「早すぎる」と感じるのと、どっちが幸せだろう。ワシは十数年前まで「医療技術の進歩」に問題があると感じてきたが、最近では「人間の欲」に目を向けるようになった。

秦の始皇帝は金も女も権力も名誉も思い通りになった後、晩年の関心を「不老長寿」という欲に集中させるしかなかった。ケッ、愚か者め。

「家庭の幸福は諸悪の本(もと)」と言ったのは太宰治だが、治五郎は、とうとう、次のような、おそろしい結論を得たのである。

曰く、健康と長寿は不幸の本。