治五郎親方の大相撲九州場所〝総評〟

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ひとことで言うと「土俵の上が寂しすぎ、土俵の外が賑やかすぎた」に尽きる。

土俵の上では、ケガのせいとはいえ横綱大関の休場者があまりに多く、優勝の行方という点では(政界じゃあるまいに)白鵬の「一強他弱」構図が最初からハッキリしていて、予想通り40回目の優勝という展開になったから実につまらなかった。

救いは御嶽海、阿武咲、貴景勝、北勝富士らの次世代組がそこそこ存在感を示したことと、最年長の安美錦がヨレヨレ気味ながら踏ん張って「涙の敢闘賞」を獲得したこと。あのインタビューを聞いてワシが「もらい泣き爺」と化したことは言うまでもない。

「協会挨拶」の中で、日馬富士事件を謝罪した八角理事長が(「大丈夫!」という野次に)思わず言葉を詰まらせたのも、なかなかいい光景だった。白鵬の優勝インタビューには、共感した人よりもムカッときた人の方が多そうだ。観客に万歳三唱を促したのは彼らしいといえば彼らしいが、やはり「やり過ぎ」だ(と日本人は感じる)。

例の事件では今後、ますます取材合戦が過熱するだろう。貴ノ岩貴乃花親方が、いつマスコミの前に出てきて何を言うか。「本場所の直後からが面白くなる」というケースは相撲史上、あまりなかったのではないか。

モンゴル人力士の草分けで元小結の旭鷲山(本名・バトバヤル)=写真=が最近、来日してテレビによく出ている。帰国後は国会議員や大統領補佐官を務めただけに、目立ちたがり体質のようだ。それで余計な混乱が生じている、と指摘する向きもある。

治五郎は、旭鷲山が「技のデパート・モンゴル支店」の異名を取る前から、彼の取材を何度かしている。北海道・旭川の合宿所で大島部屋(当時)のチャンコを振る舞われたり、東京・両国にあった彼の自宅マンションで赤ちゃん(♀)をあやしたりしたのを思い出す。(あ、九州場所とは関係ない話になってきました。打ち切ります)

 

 

 

 

 

 

 

「いいね!」をイヤだね、と感じる困った性分

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別に批判したり非難したりする気は全然ないんですよ。ただ、治五郎はやっぱり「みんんなが向かう方向に、自分は行きたくない」という歪んだ性格を変えられない。

新しいものが嫌いな方ではないので、だいぶ前にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)なるものが登場して広がりだした頃は「ほほう」と関心を持った。ミクシィフェイスブックを始めてみた時期は、年齢の割に早い方だろうと思う。

しかし、半年も続かなかった。「いいね!」=マーク=が、どうもイヤなんですね。そんな発信を、いちいちしたくない。なんだか義理っぽいし第一、大儀である。

家族や恋人や愛人とどこそこへ旅行中だとか、このレストランのパスタが絶品だとか、写真付きで報告されてもしようがない。「あっそ、どうでもいいね!」なのだ。

ツイッターだろうがラインだろうがインスタグラムだろうが、ワシだってその気になればやって出来ないことはないと思うが、やる気が100%無い。

この心理を追究すると、「匿名」と「要返信」への反発に突き当たる。「27歳、細身のセレブな女」の正体が実は「64歳、単なるデブの貧乏男」かもしれないし、「40歳・公務員」が「40歳・やくざ」の可能性もある。そうした「匿名」と「要返信」がもたらす悲喜劇が、現実に毎日のニュースを賑わしているではないか。(そこの姉ちゃん、一緒に自殺してくれそうな相手をネットで探したりなんかしちゃいけないよ)

その点、ブログは人畜無害だ(中には、当ブログのように「毒にも薬にもならない」という代物も少なくないようだが)。ブログというものは基本的に、活字中毒系の病者が一人で書いたり読んだりして穏やかに生きるための〝常備薬〟なんだと思う。

てなわけで、今宵は大好きな島田荘司のミステリー「写楽  閉じた国の幻」(上下、新潮文庫)を読み始めております。(また徹夜か。いいけど)

 

 

諦めない民族(続編)

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先夜は「諦める民族、諦めない民族」と題して大風呂敷を広げていたところ、民族問題で暗礁に乗り上げ、大鵬の話からウクライナの音楽を聴いたりているうちに、にっちもさっちもいかなくなって書き続けることを「諦める」結果になった。

捲土重来を期していた折も折、大相撲九州場所の13日目で十両の蒼国来=写真=が早々と優勝を遂げた。「彼は中国出身でしょ」と思っちゃいけませんよ。国籍は確かに中華人民共和国に違いないが、内モンゴル自治区だから民族的には漢人ではなく紛れもないモンゴル人なのです。(個人のブログとはいえ、こういうことを強調するから治五郎は中国政府のブラックリストに載っている可能性がある)

国来栄吉は、(2011年だったかな)八百長問題で相撲界が激震に見舞われた時、限りなく怪しいというので引退勧告を受けた。師匠の荒汐親方が「内モンゴルから連れて来なければよかった」と涙ぐんだが、本人は「絶対に(八百長は)やってない」と主張。引退すればもらえる退職金も拒否して、より厳しい解雇処分になった。

裁判を起こして潔白を証明し復帰を果たすのだが、その間2年半、土俵の外でトレーニングを続けた。モンゴル民族は、散りやすい桜が大好きな日本民族とは違って「諦めない」のである。

どっちがどうだという話ではない。日本もモンゴルもウクライナも中国も、一人ひとりの人間と同じように「みんな違って、みんないい」民族なのではないか。この考えがない限り「世界平和」なんぞ永久に訪れないだろう。

落ち着くべきところに落ち着いた感じだが、この「予定調和」がワシは苦手なんだと言ってるだろう。どうしてくれる?

 

 

時代遅れの男の〝草分け〟的な側面

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治五郎は(青森県に於いては)「帰国子女の草分け」と言われている。(記録を調べればそんなことはないと思うが、帰国子女なんていう言葉さえなかった1960年代初期は、どこへ行っても非常~に珍しがられた)

父親が西ドイツ(当時)に留学していた関係で、6歳から9歳まで約3年半をフランクフルト郊外とハイデルベルク=写真=の近郊で暮らしたのだ。日本人学校どころか家族以外に日本人はいないし、学校でもドイツ語しか通じない。帰国する頃は、妹と口喧嘩するのにもドイツ語の方が楽になっていた。(今じゃ買い物もロクに出来ない)

帰国後が大変で、とりあえず弘前市立朝陽小学校に編入させられたのだが、特に日本語の読み書きでは往生した。日独では入学時期に4月と9月の違いがあるので、小学校長も教育委員会もかなり困惑したらしい。

結局、4年生の一学期を飛ばすことになった。いやあ、これはシンドイよ。「九州って、どこ?」「江戸時代って、いつ?」と、さっぱり分からないことだらけ。「ここはどこ? わたしはだれ?」の世界に近い。

 「あの落ちこぼれ児童が、よくまあ日本社会で大過なく生きてこられたなあ」と、当時の担任教師(彼も苦労したに違いない)に代わって褒めてやりたいくらいだ。

 

治五郎は「花粉症の先駆者」でもある。原因は何の花粉なのか、そもそも花粉だったのかどうか、今となっては歴史の闇に葬られて永遠の謎であるが、春先になると地獄の苦しみを味わった。特に目の痒さが耐え難い。子供だから、どうしても目をこすってしまう。すると目玉の周りがブヨブヨに膨らんでしまう感じだった。

もし仮に花粉症が感染するものだったとすれば、発生源は海外から病原菌を持ち込んだ治五郎少年だったと追及されても反論できない。小・中・高と受難の時代は続いたが、花粉症というものが世に知られるのと軌を一にして、ワシの症状は回復していった。30過ぎたら何でもない。なんだかスイマセンね。(謝ることもないのか)

後遺症はないかとお尋ねですか? ほとんど、ありません。年に2、3度、クシャミを続けて20回ぐらいする程度でしょうか。〝最盛期〟を思えば天国みたいなもんです。 

 

 

諦める民族、諦めない民族

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今年の大相撲九州場所横綱日馬富士の暴力事件や、日本相撲協会に対する貴乃花親方の〝反乱〟で土俵外の話題に事欠かない。誰が優勝するかという問題は二の次になってしまっている感が(現時点では)ある。残念なことである。

昨日は、結びの一番で負けた横綱白鵬が軍配に納得せず、土俵の上や下で1分前後もゴネてみせるという前代未聞の珍事が発生した。相撲協会の親方衆もマスコミも、白鵬には「横綱にあるまじき態度」と手厳しい。

「治五郎親方は、どう考えますか?」

「あの立ち合いは成立しとる。『待った』を主張する方に無理がある。ただ・・・」

「ただ、何ですか?」

「これは横綱個人の性格や品格の問題ではなく、民族の違いの問題なんじゃよ」

「なるほど・・・はあ?」

 

日本人は「諦める」という言葉が好きだ。新解さんによると、「望んでいることが実現出来ないと判断して、それ以上努力することをやめる」ことである。「諦めが肝心」と言い、諦めない人は「往生際が悪い」と非難される。

「押してダメなら引いてみな」という名文句もあって、ワシなどはこの金言を思い出さないと自分のマンション(賃貸です)にも入れないくらいだが、「引かなきゃならないのなら、いっそ諦めます」というのが潔い日本人なのである。「みごと散りましょ」の世界。だから、だらだらと咲いているアジサイよりも、数日で散る桜を好む。

話を相撲に戻すと昔、横綱大鵬=写真=が戸田に敗れて連勝記録を45で止められた。実際は戸田の足が先に出ていたため「世紀の大誤審」として有名になり、ビデオ判定が導入されるきっかけになったわけだが、大鵬自身は抗議することなく「あんな相撲を取った自分が悪い」としか言わなかった。ここに「巨人・大鵬・卵焼き」と言われた日本民族の愛してやまない「諦めの美学」がある。

ただし、民族の問題は難しい。大鵬(本名・納谷幸喜)は父が旧ソ連(現ウクライナ)人であり、ソ連に諦めの美学があったかと問われるとワシも困る。北方領土を返さないのは往生際が悪いどころじゃないだろう? と迫られると、ますます窮する。

ところで今、ブログを書きながらウクライナ民族音楽を聴いているんだが、なかなかいいねえ。ロシアにしろウクライナにしろ、あっち方面の民謡はどうしてあんなに哀調を帯びているんだろうか。

(「哀調」をなんとかして「諦め」の方向に持っていこうとしているんだが、うまく行かない。モンゴルは民族的にどうなのか、という問題もどこかへ行っちゃった。今夜はもう「諦め」て後日、顔を洗って出直すとします)

 

 

 

 

 

あやなす人間模様の不可思議

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ギタリストで子守唄研究家の畏友・原荘介さん(77)=写真=に呼ばれて、早稲田鶴巻町の出版社・藤原書店へ。自伝的交友録「男のララバイ」の巻末に、治五郎が8年前に書いた新聞記事も収録された関係でミニ記念パーティーに顔を出したのだ。

藤原書店は社会科学・人文科学系の「硬派」で知られる出版社で、こういう読みやすい本を出すのは極めて珍しい。ワシは藤原良雄社長(68)とも旧知の仲だが、原さんと藤原さんが親しくなったのは、ワシとは関係ナッシング。

「男のララバイ」に登場する原さんの人脈を見ると、ワシが取材で知り合って意気投合した人物が多いことに改めて驚かされる。作家・川内康範、俳優・土屋嘉男、詩人・松永伍一・・・いずれも知り合った当時、原さんの敬愛する先輩だとは夢にも思わなかった。「縁」を通り越して気持ち悪いくらいだ。類は友を呼ぶ、ちゅうことなのか。

昨夜の会では森繁久彌の息子とか、今では歴史上の偉人ともいうべき後藤新平(1857~1929)の孫娘(ひ孫ではなく孫だよ)とか十数人が集まった。どれもタダモノではないことが風貌からしてヒシヒシと伝わってくる。

一人ずつ自己紹介したのだが結局、誰がどういう人なのかは把握しきれなかった。魑魅魍魎、百鬼夜行などと言えば非礼に当たるから言わないけれども(言ってるも同然)、まあ「平均年齢が高めの梁山泊」とでも言っておこう。頭がクラクラしてきた。

出版と、著者の喜寿を記念するリサイタル(ゲストは、ギターの愛弟子・加藤登紀子ほか)が今月30日(木)の夜、吉祥寺の武蔵野公会堂で開かれる。原さんがチケット(当日券5000円、前売券4500円)をタダで2枚くれた。

主催者側にとって、もう「マスコミ関係者」ではないワシには何の「利用価値」もないのになあ。もらったばかりのサイン本を帰途、都電荒川線の中で開きながら「ウッ」と嗚咽しそうになった。(最近は「腺」関係が緩んでるからな。危ねえ危ねえ)

 

「風が吹けば桶屋が儲かる」の論理

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[=意外なことが原因となって、めぐりめぐって好結果がもたらされることになる、ということのたとえ](新明解国語辞典

意味は知っているが、因果関係に納得がいかない(あるいは、知っていたが忘れちゃった)という人が多いのではないかと思う。次のような江戸時代の常識が必要だ。

①目の見えない人が生きていくには、三味線・琴や按摩を覚えるしかなかった。②三味線を作るのには猫の皮が必要だった。③猫は、ペットフードではなくネズミを捕って生きる動物だった。④ネズミは桶(木製)を齧るので人々を困らせていた。

風による土ぼこりが目に入って失明した人が三味線を買う → 猫が減ってネズミが増える → 桶が損傷するので新品の需要が増す。要約すれば、これだけの論理である。

あほくさ! と現代人は感じる。論理の組み立て方が少し強引だという印象があるし、木の桶=写真=というものを滅多に見かけなくなったことも背景にはある。(それはないだろう。確かに、あれほど我が家のユニットバスに似合わない物はないが)

しかし、意外なことが原因となって好結果がもたらされる例はどこにでも無数にありそうだ。例えば「チーズピザを食べる人が増えると凶悪犯罪が減る」とか。(その因果関係を導き出すほど、治五郎も暇ではない。誰か考えておいて下さい)

歴史学に「たら・れば」は禁物とされるが、ワシの経験からすると、実社会はタラとレバに満ちている。「もしもあの時、飲み会でAさんを紹介されていなかったら」「もしBさんが隣の車両に乗っていて互いに気づいていなければ」・・・。

 

話は少し飛ぶが、ワシの想像上の料理に「たらレバ鍋」というのがある。一見ミスマッチのように思えるが鱈とレバー(できれば鳥)は案外、合うのではないか。白菜とニラとモヤシでもあれば、苦しゅうない(長ネギとシイタケも、あった方がいい。彩りを考えて薄切りのニンジンも)。味付けは、やはりピリ辛がいいかな?(ユズも少々)

 

 

なぜか年中行事というものに冷淡な私

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なぜなのか、分からない。相撲が好きなくらいだから日本の伝統文化に多少の理解はあるはずなのに、治五郎は年中行事というものが苦手である。正月、お彼岸、お盆。どれも好きではない(好きとか嫌いとかいう問題ではないような気もするが)。

しめ縄=写真=や門松なんちゅうものは、見たくもない。飾る場所がないという己の居住環境は、この際ほとんど関係ない。初詣なども、付き合いで行くことはあるが自分から行こうと思ったことは一度もない。なぜだろう。

そもそも「合掌」という動作が苦手である。学生時代の研修旅行か何かで汽車(いや、もう電車の時代だった)が人身事故に遭遇し、窓から遺体を見た時に女子が思わず両手を合わせるの見て「神々しさ」を感じたのが最後だったのではないか。

初詣に(渋々)行って拝殿の前に立っても、手を合わせる自分の姿が我ながら虚偽と欺瞞に満ちている(神仏は、そこを見抜けなければ神仏ではない)。従って、賽銭箱には5円以上の金を投げ入れた経験がない。

「信仰心」というものがゼロだとは思わないのだが、それを態度や行為で表現することができない。なぜだろう。

つらつら思うに、これはやはり「美化・様式化」されたものを受け入れられない体質によるのではないか。せっかくの信仰心が、ぶち壊しになる(ような気がする)のだ。

日本の年中行事でさえそうなのだから、いわんや〝舶来もの〟に於いてをや。クリスマスは昔からあったが、遠い国の馬小屋で生まれたイエス・キリストと、極東の黄色人種たるワタクシに一体、何の繋がりがあるのかという疑問は幼時からあった。

そのうちバレンタインデーなどというものが幅を利かせるようになって、いやがうえにもワシの不快感に拍車がかかった。(今年は一個ももらえなかったとか、チョコレートは糖尿病に悪いとか、そういう次元の話をしているのではないよ)

「なにい、ハロウィンだあ? おい、表へ出ろ!」 おとといのサンド会がそういう事態に立ち至らなかったのは、まことに幸いなことであった。 

サンド会始末記

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風になびく富士の煙の空に消えて ゆくへもしらぬわが思ひかな

治五郎の好きな西行法師が詠んだ一首である。富士山は休火山であるから最近は噴火していないが(最近って、いつの話だ)、年長けた治五郎の「行方も知らぬ我が思い」は募る一方だ。

昨夜のサンド会には(確か)7人が参加した。ホスト役の夫婦を加えると9人だ。顔ぶれはと言うと、①版画家②無職③イラストレータ―➃空手家⑤古書店主⑥イラストレーター⑦旅行作家⑧造形作家(シルバーアクセサリー)⑨翻訳家(妻)⑩無職(ワシ)

あれ? 計算が合わないな。ザシキワラシが紛れ込んだか。

そうか、初対面の➃と⑧が同一人物だった。こうして並べると美術関係が多いが、⑤は爺さんではなく若い女性だし、⑦は自転車で7年半かけて地球を一周した豪傑だ。

ビールは、瓶だとなんだか物騒な気がして缶に限定してもらったのだが、中には幻の焼酎「森伊蔵」=写真=を持ち込んだ人もいるから油断はできない。(高価なので、飲む前に割ったりしたら弁償できない)

幸い乱闘騒ぎは起こらず、騒々しいが極めて和やかな一夜になった(と思う)。

どこかに記録しておかないと来月の第三土曜日まで記憶を保てないので、参加者の名を記しておく(例によって、プライバシーは無視)。大野隆司、田中康博、加藤龍勇、江川慎一郎、隆本雅、須崎哲朗、石田ゆうすけ(裕輔)。

年たけてまた超ゆべしと思ひきや 命なりけり小夜の中山(西行

これは「命あっての物種」という治五郎庵主の感慨でもあります。

 

 

「実社会」とは? 「実生活」とは?

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新解さん新解さんって、おぬしは三省堂の回し者か? という声も聞こえだしたが、こっちもそろそろ本腰を入れるにヤブサカではない。

その前に、この辞書の基本ルールに触れておく。「▹」は「以下は( )内に読み替えてもOKですよ」という意味の記号であり、編者の個性あふれる(他の辞書には真似のできない)解釈は [ ] 内に明示されている。例を挙げよう。

【実社会】実際の社会。[ 美化・様式化されたものとは違って、複雑で、虚偽と欺瞞に満ち、毎日が試練の連続であると言える、きびしい社会を指す ]

本当の社会とは虚偽と欺瞞、試練の連続であると言い切る。論文でもエッセーでもない辞書が、そこまで言っていいのかと少し心配になるわけだが、ここまで教えてくれる小型辞書をワシゃ他に知らぬ。痒い所に手が届くのである。(届きすぎの感もある)

【実生活】[ 文学作品など▹の(を通して想像される)美化された生活と違って]  現実の生活。

 現実の生活は小説の世界みたいに美しいものではない! ということを言っている。 

納得しかねる人もいるだろう。が、治五郎に言わせてもらうならば、そんなアナタは実社会や実生活というものを本当は知らずに生きてきたのではありませんか?

新解さんは「美化」という言葉や行為=写真=が、あまり好きではないようにお見受けした。そんなところにもワシは静かな共感を覚える。

誤解しないでほしいが、ワシは最近、近所の歩道上に捨ててあるタバコの吸い殻や空き箱を見ると拾う習慣がある。これは、決して「モク拾い」ではない。空き缶やパンの袋などのゴミも拾って、しかるべき場所まで運んで捨てるようになった。

ささやかではあるが、これも立派な「無償奉仕」のうちだろう。ただ、(なんだか自分らしくないことをしているなあ)という、むず痒さを感じてしまう。新解さんが社会や生活の「美化」に対して素直になれないのは、これと似た心理なのではあるまいか。

おっと、今日は第三土曜日か。最近は、寓居を探り当てる古顔が増えてきた(全員、等し並に齢を重ねている)。今夜のサンド会の話題は「実社会」と「実生活」かな?