「みやげ」の普遍性に関する考察①
©不明
〽 春にゃかならず 親父(おどう)は帰る
みやげいっぱい ぶらさげてヨ~
作・唄とも吉幾三による名曲「津軽平野」の一節である。雪が降る季節になって、出稼ぎの支度に勤しむ父親への思いを歌っている。東北の農民は貧しかった。
せっかくの稼ぎが酒や博打で消える親父(おどう)もいたと思うが、普通のオドウは春になれば、三人いないと抱えきれない土産を一人で持って=写真=、帰省した。
治五郎の場合は青年時代から、お中元・お歳暮といった「付け届け」どころか、土産を買って帰るということを(ほとんど全く)したことがない。
【付(け)届(け)】義理や謝礼・依頼の気持でする贈り物(を贈ること)。「盆暮れのーを欠かさない」
ワシが「付け届け」をしない理由は明らかだろうが、なぜ「土産」までも嫌なのだろうか。そこを少し掘り下げてみよう。
【土産】㊀外出先から家へ帰る時や人の家を訪問する時などに持っていくちょっとした品物。(以下略)
土産を買うだけの金銭的な余裕がなかったわけではない。持っていけば、相手は喜ぶに決まっている(喜ばないまでも、嫌な気はしないだろう)。そこが、ワシの苦手とするところなのだ。これは「歓心を買う」行為ではないか、と思ってしまう。
【歓心】自分のために相手がよくしてくれたと思って喜ぶ気持。「―を買う〔=気に入られようとする〕」
何もそこまでひねくれて考えず、もっと単純・素直になれば? とアナタは感じるか。ワシも実は感じるのだ。が性格というものは、どう~~にも変えられない。
ここで話はガラッと変わる。
「みやげいっぱい ぶらさげてヨ~」という昭和30年代ニッポンの心は、いま何という外国に受け継がれているか?
「もちろんニュージーランドです」などと言ったら、当ブログの読者はズッコケルだろう。もちろん、違います。
【ずっこける】〔東京方言〕〔「ずりこける」の変化〕㊀ずり落ちて、ぐあいがおかしくなる。㊁はめをはずす。
(そんな語釈で十分なのか? 新解さん)
モンゴルにおける「土産」というものについて、明日は考察を続けてみよう。
モンゴルの親類について語れという注文
当ブログの読者は限られているはずなんだが、多くはない読者から「アルタンやバルジンは、どういう一家なのか」という質問が寄せられるようになってきた。
いいよ、別に隠すような話ではない。彼女らは6人きょうだいで・・・と語り始めたら隣で「ブログでプライバシーをあまり明かしちゃダメよ」と釘を刺すやつがいる。
構うもんか。6人は次の人々(A~F、年齢順)です。
A(♂) モンゴル各地で「空港長」(規模からすると「飛行場長」)という仕事を歴任。ワシは一度、2012年だかに田舎の空港(飛行場)で会ったが、英語の会話能力に差があってあまり意思疎通できなかった。その後もオーストラリアや米国で妻子と暮らす日が長く、英語力の差は開く一方。
B(♀) これが妻のアルタン。
C(♀) これが義妹バルジン。沖縄から戻って、今朝は下赤塚への出勤を前に静かな寝息を立てている。夏休みが終わるので、今週末には帰国予定。
D(♂) 名は「オチル」。どこかから落ちたわけではない。モンゴル語のオチルは、ワシの解釈では「理」というくらいの意味で、人名によく使われる。数年前に脳腫瘍が見つかって命が危ぶまれたが、いろんな人の協力を得て大阪の医大で治療。帰国後に結婚し、男の子を授かった。
E(♂) 田舎=写真=で長く遊牧生活を送った。まだ会ったことはない。
F(♂) ウランバートル育ちの都会っ子だが、これもまだ会ってない。
6人きょうだいというのは日本では珍しくなったが、向こうではアハー(お兄ちゃん)とエグチェー(お姉ちゃん)は非常に尊敬される。いわんや両親に於いてをや。
昔、ボルドという運転手と酒を飲んでいたら「治五郎サン(ではなく本名)を見ていると、うちの親父を思い出す」と言って、さめざめ泣きだした。
「お父さんは、いつ亡くなったんだ?」「いや、まだピンピンしてます」
ボルドは単なる泣き上戸なのだった。
モンゴルの義妹が沖縄から戻ると、どうなるか
① ② ③
「大変なことになる」と先月16日、出発する際に治五郎が予見したでしょう。「必ずハマる」と。海=草原で、時間の感覚から何からモンゴルと沖縄はソックリなんだ、と。
予想的中。きのう、5週間の沖縄滞在を終えたバルジンが無事に帰ってきた。弁舌さわやかなタイプではないので、先を急ぐという取材の仕方では本音が聞き出せない。
じっくり聞いたところを集約すると、まず「ソーキそば」=写真①=が気に入ったらしい。ツルツルではない麺の食感と、あばら骨の周辺にこだわった豚肉の味に強い親近感を覚えたらしい。
義兄(ワシ)には琉球泡盛の古酒「菊乃露」=写真②=を買ってきてくれた。贅沢ではないが、狭い台所が〝沖縄物産展〟の様相を呈してくる。モンゴルまで持っていかなければならない土産も多いに違いない。
海ぶどう=写真③=が目にとまったので、親切な助言をした。「それは海藻の一種なんだが、たぶんモンゴル人の口には合わないと思う。ワシがもらっておこう」
(ヤッホー! 海ぶどうを肴に泡盛が飲める。もはや、ワシが飛行機に乗って沖縄まで行く必要がどこにあろうか)
モンゴル人は大体そうだが、海で泳ぐという経験をしたことがない。全く泳げない彼女も「舟に乗って小さな島へ移動するのが、死にそうでホントに怖かった。もう、舟には乗りません」
馬には乗れるが、舟には乗れない。モンゴルと沖縄との障壁が完全に取り除かれる日は、すぐそこまで来ていると思うのであるが。
メダルの数に関する素朴な疑問
(おお、なんだか見覚えのある切手だな)と懐かしく思う人は、はっきり言って相当な年齢に差し掛かっている。なにしろ5円切手と10円切手だ=上=。
これは、1958年に東京で開催された第3回アジア競技大会の記念切手。6年後(64年)に実現した東京オリンピックに向け「もう敗戦の痛手から10年以上。そろそろ開催能力ありまっせ」と、日本の国力を世界にアピールした大会だった。
1953年生まれの治五郎は、計算が正しければ当時5歳。家にテレビなんかないし、アジア大会については何の記憶もないが、図柄がきれいな切手は印象に残っている。
あれから60年、いま第18回アジア大会がジャカルタで開かれている。もちろん参加国や選手の数、競技数とも、当時とは段違い平行棒だ。
2度目の東京五輪が2年後に近づいていることもあって、よほどの変人は別だが(そこでこっちを見るな)、日本中が今大会に熱い(浮かれ気味の)視線を注いでいる。
競泳の池江璃花子とかいうスーパー女子高生(近所のスーパーでバイトしているわけではない)が、日本初の6冠を達成したというので、大変な盛り上がりぶりだ。
ワシは璃花子ちゃんが嫌いなわけでは全然なく、むしろ好きと言っても過言ではないのだけれども、6冠を手放しで喜ぶわけにはいかない性格。(そこでこっちを見る人がいるかもしれないのは、仕方がない)
ワシは高校生の孫がいても不自然ではない年齢なので、祖父の気持ちになって一言。
「璃花子や、おめでとう。しかし金メダルを一人で6個も取って、重くはないか。ほかに銀メダルも2個あるんだろう。どうやって家まで持ち帰る気だ。宅配便で送るのか。なに、そこまで心配してもらう必要はない? そうか・・・」
他の競技や種目を考えた場合、例えばソフトボールなどは、優勝しても金メダルの数は1個と決まっている。選手が15人いたら一人1個ずつ計15個もらえるにしても、ソフトボール競技のメダル獲得数は記録上、1個でしかない。
それが、どうだ。小娘が一人で金6、銀2の計8個! 釈然としないのは、おじいちゃんだけだろうか? え、どうだ璃花子。(おじいちゃんだけです)
やはり校閲が大事な理由
台所の本棚(兼食器棚)に、こんな本があった。
「英語対訳 外国人に教える 日本の伝統文化」(はまの出版)
英語を使う機会などゼロの治五郎には〝宝の持ち腐れ〟だが、パラパラと拾い読みすると結構、面白いので熱中させられる。伝統文化とは定番の茶道、生け花、歌舞伎などから神楽、獅子舞=写真左=、猿回し、相撲、忍術=同右=などまで24項目。
<「獅子舞」とは、獅子頭(ししがしら)をかぶって舞うもの。> これの英訳は?
< Shishimai is a lion dance with a lion mask. >
それでいいのか? まあ確かに、そう訳すしかないんだろうが一瞬、プロレスのタイガーマスクや劇団四季のライオンキングを連想してしまう。
相撲のハッケヨイは<Get moving ! >、ノコッタは<You're still in ! >。そらそうだ。
日本語の部分だけ読んでも、雑学の宝庫みたいな趣があって楽しめる。
しかし、柔道の項を読んでいたら強い違和感を覚えた。
<〝柔道〟は、明治十五(一八八二)年、嘉納治五郎が講道館柔道を創始して依頼のもの。> 治五郎が登場するだけに、ワシとしても敏感になるのだ。
<創始して依頼>は<創始して以来>だろう!
こんな、子供でも気づくような誤植(誤変換)がそのまま印刷された出版物は、どんなに内容が優れていても全体が台無しになる。信用の問題だ。
活字文化にとって「校閲」は、サッカーにおけるゴールキーパーと同じ存在なのだ。
ド忘れの恐怖を夢で味わう
こんな夢を見ることがあるでしょう。(ないか)
自分が大相撲の土俵に上る。立場は、東西の力士を呼び出す呼出(よびだし)である。呼び出すだけでなく土俵上を清めたり進行を陰で支えたり、職務は無数にある。
年季を積んだ最高位を立呼出(たてよびだし)という。結びの一番に必ず登場するのが立呼出だ=写真は、現在の立呼出「拓郎」=。
あろうことか、治五郎が立呼出として土俵に上った。「ひが~し~ 白~鵬~」
我ながらウットリするような声である。美声とは言わないまでも、この一戦が神前で行われるのだという祈りと気合のこもった声だ。場内が聞きほれている。
そこで気を緩めず、ゆったりと体の向きを西に変える。「に~し~」
(あれっ、この力士の名は何だっけ? 稀、いや鶴、いや・・・)
どうしても出てこないという経験が、アナタにはないか? (ないってば)
現実には、呼出が力士の名を度忘れすることがタマ~にあるそうで、そんな時は土俵下にいる相撲協会の誰か(親方や呼出)が助け舟を出すらしい。
【度忘(れ)】〔「ど」は接辞〕当然知っているはずの事を、とっさには思い出せなくなること。どうわすれ。
夢の中だと「に~し~」の後は誰も助け舟を出してくれない。万事休す!
そこで目が覚めるから、夢というものはありがたい。(覚めなかったらどうなってるんだろう? 怖いけど知りたい)
そういう経験、あるでしょう? あるよね! (なに、ない? ありませんか・・・)
ガリガリ君と私(昨日の続き)
えっ、それは昨日の話ではない? もうすぐ一昨日の話でもなくなるって?
あっ、本当だ! 治五郎は時間の過ぎ方がどんどん加速しているので、2~3日前に書いたことを昨日のことと錯覚しているのだ。明日以降はこれが常態となりそうだから、数少ない読者も諒としなければならない。
りょう【諒】相手の事情がどんなであるか分かること。「ーとする〔=事情をやむを得ないものとして受け入れる〕」
ガリガリ君についてワシが書きたかったのは、氷菓の評価ではなくキャラクターの【いがぐり】㊁髪の毛を短く丸刈りにした(男子の)頭。
ワシは高校時代の3年間を丸坊主で過ごしたが、そんな生徒は野球部以外、ほとんど皆無だった。中学で丸刈りを強制されていた少年たちも、高校に入ると皆が喜び勇んで長髪にした。なにしろビートルズ世代である。
みんながやることはやりたくない、というワシの厄介な性格は、あの頃から定まっていたのかもしれない。
今、ガリガリ君をかじりながら高校野球をTV観戦していると、当時の己に会うような気がする。
そりゃ昨日の話でしょう。今日は大阪桐蔭が大差をつけて優勝した。
「そうか。さっき見たばかりだった」
ガリガリ君の老後は、このように過ぎていくのだろう。
ガリガリ君と私
今朝の読売新聞日曜版「平成MONO図鑑」のコーナーに「氷菓『ガリガリ君』」=上=が載っている。「赤城乳業、1981年発売」とある。
<かき氷の周りをアイスキャンディーで固め、崩れにくくした。親しみを持ってもらおうと商品名に「君」を付け、いがぐり頭の小学生(当初は中学生)をキャラクターに。新たな販路としてコンビニエンスストアに着目、その伸長とともに平成に入って売り上げを伸ばし、年間4億本を売る。>
4億本と言えば国民一人当たり4本近い。国民といっても、歯のない乳児や認知のない老人も含むから実際は4本以上だろう。治五郎は、その一翼を担っている。
取材・執筆した松本記者によると中心商品はソーダ味だが、季節限定の味を120種類以上も手がけてきた。コーンポタージュ味はヒットしたけれど、ナポリタン味は<本物らしさにこだわったトマトやピーマンの味が好まれず>3億円の赤字。懲りずにメロンパン味(2016年)、温泉まんじゅう味(17年)とチャレンジを続けている由。
赤城乳業は、少しチャレンジしすぎなのではないか。
ワシが提案したいのは「焼酎味」だ。こりゃアンタ、今夏なんか大ヒットした可能性がある。レジで成人確認ボタンを押さなければならず、外国人店員が小学生に「ボク、これはダメよ」と断らなければならない光景を想像すると、少し心が痛むが。
どれ、ちょっくらそこのセブンイレブンまで行ってくらあ。(ソーダ味で十分です)
髭剃りと塩飴
今夕のサンド会に「行きますよ」というメールが(1件だが)来た。(前触れなしに来る人もいるから人数は未定)
スッポンポンで部屋の中を這いずり回っているわけにもいかない。髭も、2週間ほど剃らずにいたらだいぶ伸びた。
昔、モンゴルで3か月ほど剃らずにいた時は関羽=上=のようになったものだが、今は全体が白髪というか白髭だから、放置すればチンギス・ハーンみたいになるだろう。そう言ったら、妻が一笑に付した。
【一笑】笑うこと。「―に付する〔=問題にしないで、笑って済ませる〕」
「チンギス・ハーンじゃなくてアル中の浮浪者に見える」
(女というものは、どうしてこう単刀直入でミもフタもない物言いをするのだろう)
【身も蓋も無い】露骨過ぎて、含蓄が全く無い。
いつもの床屋に行って「髭剃りだけ」と注文する。年季の入ったオバサンが、ワシの顔中にシェービングクリームを塗って剃り始めたら、ワシが少しせき込んだ。動くと危ないので、オバサンが剃刀を止め「人生なめずにコレなめて」と、塩飴を一粒くれた。
短時間だが気持ちがよくてウトウトする。目が覚めると、鏡に映っているのは関羽でもチンギス・ハーンでもなく、韓流ドラマでよく見るイケメン俳優だった。
(男というものは、どうしてこう身の程知らずなのだろう)
「オオカミ爺さん」への道
「暑いから、用のない老人は外出するな」とテレビが言う。「糖尿病患者は、10分でも20分でも歩いた方がいい」と医者は言う。どうすりゃいいのさタコのフンドシ。
出歩かない方が楽なので、家でジッとしている。大概、スッポンポンだ。髭が伸びてくる。いちいち剃るのは面倒だ。
家人が何か食べ物を用意してくれて、腹が減っている時は我知らず「grrrr」というような音が喉元から発生する。立ち上がって二本足で歩行するのが面倒になり、四つん這いで移動することも皆無ではない。ほとんどオオカミ=写真=状態である。
「狼の話なら確か、おとといだかも書いたな」と思ったら、一週間前の話だった。一部を再録する。
【狼少年】㊀人間社会から隔絶し狼の乳で育てられ、人語を解さなくなった少年。㊁〔イソップの寓話で〕狼が出たと騒いで人をだまし愉快がったために、最後はおとなたちの不信を買った少年。
前回の話題は㊁だったようだが、今回は㊀の方に近い。狼少年㊀が年を取ったらどうなるか。狼の乳を飲んだ経験こそなけれ「狼老人」になることは、火を見るよりも明らかであろう。
あ~、サンド会が近づいてきたな。人間の皆さん、逃げるなよ。(grrrr)