大川栄策「さざんかの宿」と「くもりガラス」論争

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 不倫の愛を、サザンカの花=写真右=に託した演歌の話から始めましょう。

〽 くもりガラスを手で拭いて あなた明日が見えますか

歌手の大川栄策をして(あの顔にもかかわらず)一躍、演歌界の大スターに駆け上がらせた「さざんかの宿」(吉岡治・作詞)の冒頭だ。世間が「曇りガラス」について抱くイメージに、治五郎は昔から違和感があった。

【曇りガラス】すりガラス。

【磨りガラス】表面を金剛砂などですって不透明にしたガラス。つや消しガラス。くもりガラス。

拭いても外は見えません。しかし、くもりガラスというものに、実は二つの概念があるのではないでしょうか? 新解さん以下、辞書は一つの概念しか示していません。

歌の主人公が「手で拭く」のは、磨りガラスでしょうか? 室内と屋外の温度に高低差が生じ、窓ガラスが一時的に曇った状態になった物のことも「曇りガラス」と呼ぶのではないでしょうか? 「湯気で眼鏡が曇る」時のように。

「あれ? このガラス、拭いても拭いても外が見えないな。あ、もともと磨りガラスだったのか」って、それだとまるで志村けんのコントじゃありませんか。コミック・ソングになってしまう。

ワシがイメージしてきた「さざんかの宿」の冒頭は、次のような状況である。

雪国の温泉宿(または夜汽車の中)に、あてどない二人きりの男女が座っている。男の方が、濡れた窓の曇りを「手で拭く」。拭けば、その部分の曇りは消えるが窓外は漆黒の闇だ。男を見つめる女が、けだるい声で聞く。「あなた明日が見えますか」・・・

 妻に「この『くもりガラス』は磨りガラスのことだと思うか」と聞いたら、そう思うという明確な答えが返ってきた。「拭いて曇りが消えるようなら、絶望感が伝わってこないもの」。う~ぬ、こしゃくな!

【小癪】なまいきで、その存在が ちょっと癪にさわる感じがする様子だ。「―な奴」

歌における「くもりガラス」の真意は作詞者(故人)に聞くしかないのだが、今となっては叶わない。調べたり考えたりしているうちに日は過ぎて、またブログ読者から「生きてるか?」と心配されるようになった。生きてますよ。